小野竹喬 土田麦僊 小村大雲 三木翠山 徳田隣斎 他 合作 二曲半双
- 作品番号
- W-152
- 作者
- 作品名
- 合作 二曲半双
- 作品詳細
金地絹本水墨 170×154 188×172cm 本紙少傷ミ・修復痕
- 略歴
【小野竹喬】
明治~昭和の日本画家。岡山県生。名は英吉。竹内栖鳳に師事。京都市立絵画専門学校別科卒。大正7年(1918)、土田麦僊らと国画創作協会を結成、日本画の新しい表現を模索した。帝展・新文展で活躍し、戦後は日展で重鎮となる。京都絵専教授。芸術院会員。文化功労者。文化勲章受章。昭和54年(1979)歿、89歳。【土田麦僊】
日本画家。新潟佐渡生。本名は金二。鈴木松年・竹内栖鳳に師事。京都市立絵画専門学校卒。同窓の村上華岳・小野竹喬・榊原紫峰らと国画創作協会を結成。同会解散後は官展で活躍した。ルノアール・ゴーギャン等の西洋絵画にも大いに刺激を受け、作風に取り入れた。帝国美術院会員。昭和11年(1936)歿、50歳。【小村大雲】
明治~昭和の日本画家。島根県生。本名は権三郎、別号に豊文・碧雲湖畔人・赤松子・紫光庵主など。17歳で京都に出て、都路華香に師事。のちに、山元春挙の画塾早苗会で画法を学んだ。文展・帝展で受賞を重ね、帝展委員も務めた。昭和13年(1938)歿、56歳。【三木翠山】
大正~昭和の日本画家・版画家。兵庫生。本名は斎一郎。竹内栖鳳の門下で、美人画を得意とする。昭和7年帝展無鑑査。17年に師が歿してからは画壇を離れ、個展で作品を発表した。昭和32年(1957)歿、69歳。【徳田隣斎】
明治~昭和の日本画家。京都生。本名は其太郎。はじめ前川文嶺に学び、のち竹内栖鳳に師事し竹杖会に入る。日本絵画協会・日本美術院連合絵画共進会で毎回のように受賞、第5回内国勧業博覧会で褒状を受ける。文展や帝展で活躍し、明治43年以降は京都市立絵画専門学校や同美術工芸学校で指導にもあたった。昭和22年(1947)歿、67歳。- 価格(日本円)
- 商談中
- Item number
- W-152
- Artist
- Title
- A half of two-panel folding screen
- Caption
- Materials : ink on silk covered with gold
Size : W 170 × H 154 cm (Image) ・ W 188 × H 172 cm (Mount)
Condition: slightly damaged, trace of repair on the image - Price(JPY)
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